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惰眠

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D700 + AF-S VR Zoom Nikkor ED 24-120mm/f3.5-5.6 G
2009/06/09 札幌市にて

 

気持ちいいんだろうけど、虫嫌いの自分には真似できない。

 

 
 
 
 
 

ここ一週間ばかり、仕事が切れて暇している。
その間に、中古のネットブックを買ってきて、外で動けるようにとソフトを仕込んでみたり、
公衆無線LANでのテストをしてみたりと動いていたのだけど、
来週…というか、月曜から暫くの間、峠を越えた隣町に出勤しなきゃならないようだ。
車の調子の宜しくない中、率先して行きたいとは思わないが、仕事だからしゃーない。
会社の中で、孤軍奮闘で物申すためにも、「やること」だけはやってきたつもりだ。

だが、現時点において、「自分が損してまで、そこまでする必要があるのか?」
という思いがあるのも事実で、その一方で、それをやめてしまえば、
「我々の待遇はもっと悪化するのではないか?」という思いもあって、葛藤している。

 

なんか、昨日から急にブルーな気分なわけだ。
夕刻前、そのことで会社で大喧嘩になったのを引き摺っているわけじゃないのだが、
なんというか、一番好きだったプロレスラーの三沢光晴氏が、試合中に急逝し、
人間の命の呆気無さにやるせない気持ちになってしまった。

そして、突然、命が絶たれることに対する恐怖が、気持ちを蝕もうとする。

自分は、いつだってそうだ。
いつも心のどこかに、「死」に対する恐怖がある。
「死にたい」と心の底から思っていた時期があったからこそ、「生きたい」と思う。
だからこそ、仕事で誰かが死ぬは、もう二度と見たくないし、聞きたくもない。
そうなって欲しくないからこそ、仲間…特に若い連中には厳しく対応したりする。

この思いは、「いつ終わるとも分からない命」というものに対して、
ある種の無駄な抵抗なのかもしれないと思いつつも、
それに抗うことで「生」を獲得しているのかもしれない…という矛盾する思考だ。

 

寝ている人物を見ると、「死んでいるんじゃ…?」と思うこともある。
自分の精神が弱っているときに、そう思うことが多い。
実家で母親と暮らしていると、惰眠を貪り静かな母親の姿に、
「お迎えが来たのでは…」と焦り、声を掛けて命の所在を確かめてしまう自分が居る。
そのくせして自分は、睡眠時間が極端に長かったり短かったりと不安定である。
時として、母親よりも自分の方がヤバい…とすら思うことがある。

 

明日は、午前4時起きだ。
この一週間ちょっとの間に狂ってしまった体内時計をリセットしようと思い、
週末は早寝早起きを…と思っていたのだが、「眠れなくなる出来事」がありすぎて、
いまだにリズムを戻せないで居る。

 

このままだと、また不眠症になるな…客観的に自分を見て、ヤバい徴候だ。

 

※駄文の最後になんだが、本日分からのエントリに、少々、小細工を施した。
様々なサイズのモニターにおいて、写真の全体像を見やすくするため、
表示サイズを横幅600pixelに統一することにした。
これまでは、800pixelにしていたので、かなり小さく感じると思うが、
画像をクリックすると、これまでのサイズで画像が浮き上がるようなギミックを仕込んだので、
大きく見たい方は、画像をクリックして頂きたい。

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