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氷点の杜にて

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D700 + SIGMA APO 70-200mm/f2.8 EX DG HSM
2009/11/28 @ Asahikawa city, Hokkaido, Japan

 

自分の居るべき場所だけ見つめるエゾリス

 
 

11月末。
下川での某イベントの撮影のために、和寒町へ向かう途中のこと。
昼食を摂るために旭川で高速を降り、時間調整のため、
ロケハンを兼ねて、中心部に程近い神楽の河川敷にある杜へと足を運んだ。

 

子供の頃、この杜が小説の舞台になった場所だと知らずに遊んでいた。
この杜の向こう側に、十勝岳連峰を水源とする美瑛川が流れる。
自分は、その向こう岸で暮らしいていた。

川の街に暮らしていると、必然と遊び場が川原になるのだが、
母は「危ない」と自分を叱りつけたが、当然、こっそりと川へ遊びに行くことになる。
背徳感に似た何かを感じつつも、その場所が冒険心を擽る未踏の地とも感じ、
そこで遊ぶことに高揚感を覚えたものだ。

その川原から、この杜が見える。

杜の通り名は「見本林」と言い、正式には「外国樹種見本林」という国有林。
国外産の樹種が寒冷の北海道でどう育つかを、研究観察するための杜で、
学術的にも貴重な場所とされており、明治初期に植樹された木々が、
天を貫くように聳え立っている。

自分が旭川で暮らしていたのは、小学校3年の夏休み前まで。
その後、親の仕事の関係で、日本最北の都市である稚内へと引っ越したのだが、
引っ越した先で、「見本林」を意識するキッカケを得ることになる。

その当時にデビューした、安全地帯というバンドがソレだ。
メジャーデビュー二枚目のシングル、「ワインレッドの心」が大ヒット。
安全地帯に興味を持ち始め調べると、メンバー5人中4人が旭川出身で、
1人が稚内出身のバンドだと知る。

漠然と縁みないなものを感じつつ、当時の自分の感性と異なった歌の世界に距離を感じ、
のめり込むまでには至らなかった。
それから数年後、玉置浩二がソロボーカリストとして活躍しはじめ、
今から20年前…89年に「氷点」という楽曲をリリースした。

そこからだろうか、見本林が自分の中で郷愁的象徴と化したのは。
「氷点」は、作家・故三浦綾子が書いた小説で、1964年から朝日新聞に連載され、
玉置浩二の「氷点」は、テレビ朝日のドラマ「氷点」のための楽曲。
その時に、自分の中にある断片、総てが繋がった。

札幌に暮らしている時間が一番長い自分でも、子供の頃に見た景色や高揚感、
それは変え様の無い過去(事実)であり、一度は帰らなければならない場所。

それが、見本林という存在であり、「何かしらを撮りたい」と、漠然とイメージさせる場所なのである。 

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